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エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

ミラノの謎;四方山話 

ミラノの大聖堂ドゥオモと、そのドゥオモ広場に面して設計されたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世アーケード、通称「ガッレリア」は 19世紀に興ったリソルジメント(イタリア統一運動)の混乱後に建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって設計・建設された、ミ…

史上2人目の女性教授アニェージ

今回は18世紀に活躍したミラノの女性をご紹介します。 1718年5月16日、ハプスブルグ家カール6世支配下のミラノで生を受けたマリア・ガエタナ・アニェージ。 父ピエトロ・アニェージは絹産業で財を築き、子供たちへの教育にも非常に熱心で、特にマリアは5歳…

両シチリア王国の戦う王妃

詩人ダヌンツィオに「厳格なバイエルンの小さな鷲」、作家プルーストには 「ガエータ城塞の戦う女王」と呼ばれた美しいマリア・ソフィア・ディ・バヴィエラ。 バイエルン王家に属するバイエルン公マクシミリアン・ヨーゼフとルドヴィカ・マリア王女の娘とし…

『パルムの僧院』の舞台を訪ねて

ミラノから南に約30kmのローディという人口4万人ほどの古い町へ散歩がてら出かけました。あの赤髭王フリードリヒ1世によって築かれた町として有名です。 ローディといえば、スタンダールの『パルムの僧院』の書き出しが印象的。何を隠そう、この小説を読んで…

エレオノーラ・ダ・トレドのドレス

フィレンツェのウフィッツィ 美術館を初めて訪れた時、その人や表情などよりも ドレスの模様の素晴らしさに目を奪われて忘れられなくなった絵があります。 ブロンズィーノの「エレオノーラ・ダ・トレドと子息ジョヴァンニ」です。 1545年に描かれました。 メ…

イタリア女性の40年間の歩みとフランカ・ヴィオラ

3月8日は国際女性Dayでした。 イタリアでは男性から女性へ、女性同士でミモザの花を贈り合うという 習慣があり、街中の花屋が一瞬鮮やかな黄色に染まり、春の訪れとともに 少々ワクワクする日でもありますが、同時に現代も減らない女性への 暴力や差別につい…

モディリアーニとジャンヌの破滅的愛

モディリアーニの絵には、どことなく不思議な感じと、単純な構図なのに ひと目見た瞬間なぜか忘れられなくなるような強烈さを併せ持っているように 思えます。よく知られているように彼の作品はアフリカなどの原始美術の影響と 中世のシエナ派など、イタリア…

イタリア初の王妃マルゲリータ

イタリアが1861年に統一されて、初のイタリア王妃になった マルゲリータ・マリア・テレーザ・ジョヴァンナ・ディ・サヴォイア。 イタリア国王第1号はヴィットリオ・エマヌエーレ2世なのですが、彼の妻マリーア・アデライデは1855年に産褥死したためにイタリ…

ヴィチェンツァと天正少年使節団

建築にあまり興味のない方でも、ヴィチェンツァでルネサンス建築家 パッラーディオが手がけた美しい建物をご覧になれば、きっと心を 動かされるはず・・・ そういえば年末年始に若桑みどり著『クワトロ・ラガッツィ』を再読、 再び天正少年使節への興味がふ…

スタンダール慕情

パリでは歴史散策をするのが好きです。 今回はl'église de l'Assomption de Parisに立ち寄りました。 ここは1842年3月24日、スタンダールの葬儀がおこなわれた教会で、 華やかな雰囲気のサントノレ通りに面し、ひっそりと隠れたように 佇む小さな教会との対…

ショパンとジョルジュ・サンド縁のMusée

パリ9区、モンマルトルの喧噪からほど近くに 「ロマン主義博物館」というのがひっそりと佇んでいます。 この小さな館はオランダ生まれパリ在の画家 アリ・シェフェールが1830年頃から アトリエ兼住居として 使っていたもので、当時ロマン主義が花盛りだった…

ポポロ広場

4月に5年ぶりにローマへ行った際、Italoに乗ってティブルティーナ駅に到着。 それからすぐにポポロ広場まで行って、ポポロ門を「くぐって」ローマへ 来た実感を新たにしていました。 なぜそんな事をしたかというと、19世紀末までローマを陸路で訪れる旅行者…

四方山話:マルクス・アウレリウス像

先日エミール・マール著『ヨーロッパのキリスト教美術 上』(岩波文庫)を読んでいたら、とても興味深い逸話がありました。中世、イタリアへの巡礼で最初に訪れるべき所はもちろんローマのサン・ピエトロでしたが、その他にサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラ…