読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

四方山話:ボッティチェッリ

f:id:egotisme:20140614003527j:plain


彼はボッティチェッリの名前で知られていますが、実は「あだ名」なんです。
本名はAlessandro di Mariano di Vanni Filipepiという長ったらしい名前。
(アレッサンドロ・ディ・マリアーノ・ディ・ヴァンニ・フィリペーピ)
ではボッティチェッリとはどういう意味かと言うと、小さな葡萄酒用の樽のこと。
彼の兄がかなりの「飲んべえ」だったようですが、弟のボッティチェッリも
葡萄酒を愛飲していたので、そう呼ばれたのかもしれません。
しかしただ飲んでいただけではボッティチェッリとはならないでしょうね。
彼もかなり「イケる口」だったのでしょうか。
それが今でも世界中で知られた名前だと知ったら、彼はどう思うでしょう??

1475年頃に描かれたと言われ、彼の代表作のひとつである「東方三博士の礼拝」。
ここに登場している人物が、実はメディチ家をめぐる人々であることが
知られています。

 

f:id:egotisme:20140614003619j:plain


このことは実は当時の絵画において、とても重要なことで、地上の人間が
神へ少しでも近づくという、フィレンツェの人文主義を表現することでも
あったのです。

聖母にひざまづいているのは老コジモ。
赤色が鮮やかなマントを羽織っているのは痛風やみのピエロと言われた
ピエロ・ディ・メディチ。正面の左はしに、澄ました顔で立っているのが
ロレンツォ豪華王・・・と言われています。

そして正面の右はしにいるのが画家ボッティチェッリ。

こうして自身の肖像画を当時の権力者メディチ家の人たちの間に
描き込むということは、画家自身がメディチ家にとって大切な存在に
なっていたということ、そしてそのことを画家は誇示していたことの
証明だと思われます。

参考文献:『I Protagonisti dell'arte italiana』Bruno Santi
     『イタリア美術史』田中英道 岩崎美術社


人気ブログランキングへ