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エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

受胎告知:レオナルド・ダ・ヴィンチ

イタリア絵画 トスカーナ ボッティチェッリ ルネサンス レオナルド・ダ・ヴィンチ

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1867年から現在にいたるまでウフィッツィ美術館に展示されている

レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」

その前までこの絵はフィレンツェ郊外のサン・バルトロメオ・ディ・

モンテオリヴェート聖堂にありました。

おそらく当時の巡礼者がこの絵画を見るとき、真正面から見るのではなく、

右手前から目にする位置に掲げられていたのでしょうか、

聖母の右手が少し長めに描かれていますが、そうする事で遠近感が生まれ、

右手前から見ると目の錯覚で聖母の右手も自然になるように計算されて

いるのです。


この絵を見るとトスカーナ地方の、のどかな田園風景を思い浮かべますが、

実際レオナルドは植物を豊富に描き込んでいます。

何よりも目につくのは背景の糸杉と松。

糸杉は現在も墓地によく植えられていますが、古代ギリシャ・ローマ人に

とっても「死のイメージ」の木だったようです。

ちなみに松は不死と永遠の生命のシンボルです。

キリスト教徒も、こうしたシンボリズムを古代人から受け継ぎ、殉教や

死の場面の背景にはこの糸杉や松を植えています。

 

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他の理由として、糸杉は縦に深く根が張る木ということで、

墓地のそばに植えられるのだそうです。キリスト教の世界で「最後の審判」の際に

お墓から出てくる際、横に根を張る植物だといけないのだとか。

お墓を傷つけてしまうということでしょうね。

 

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これはボッティチェッリの「受胎告知」

レオナルドは伝統的には多くの点でボッティチェッリから影響を

受けていたようですが、彼はもっと「自然に忠実」だったようです。

例えば、この当時「受胎告知」の絵を描く際、天使ガブリエルが左手に持つ

百合の花には「雄しべ」を描かないことになっています。

もちろんボッティチェッリ描く百合の花には雄しべは描かれていません。

 

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しかしレオナルドの百合にはディテールまでしっかりと描き込まれているのです。

もちろん雄しべもハッキリと描かれています。

 

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聖母マリアの無垢純潔のシンボルである百合という意識よりも

レオナルドの「受胎告知」を見ていると、なんだか当時の植物図鑑を

眺めているような気持ちになります・・・

 

もう一つ、この時代の「受胎告知」は聖母マリアが修道院などの屋内にいるのが

ほとんどだと思うのですが、レオナルドは聖母も天使も美しいトスカーナの

景色が広がる、開放的な屋外にいます。

こうした事も、レオナルドの関心が伝統に従って制作というよりも

科学的関心への成果のほうが強い感じがしますね。

 

参考文献:『薔薇のイコノロジー』若桑みどり 著 青土社

     『西洋美術解読事典』J.ホール 著 河出書房新社

 

 


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