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エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

ベル・エポックな画家ボルディーニ

来年2015年1月18日までミラノで開催中の「イタリアのパリジャン:

ジョヴァンニ・ボルディーニ」展で、彼の優美な筆致に何度も魅了された私は

数年前に彼の生地フェラーラに行った事をふと思い出しました。

 

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フェラーラといえば、ルネサンス期のイザベラ・デステ・ マントヴァ侯爵夫人、

そしてエステ家居城などが有名。
あのルクレツィア・ボルジアもエステ家に嫁いでいます。

フェラーラの町自体は、なんだか少し「暗い」感じがして、あまり

好きにはなれなかったのが本音ですけど・・・

 

ジョヴァンニ・ボルディーニは1842年フェラーラで生まれました。
父親のアントニオ・ボルディーニも当地の画家であり、
ジョヴァンニは子供の頃から絵画に親しんでいたのは想像に難くありません。
16歳の頃にはすでに画家として自立しようと考えていたようですが、
そのためにはフェラーラはあまりに田舎だったという事もあり、
フィレンツェへ行く事を決めました。

 

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   (ボルディーニ自画像)

フィレンツェ移住の後、当時の色々な芸術家たちとの交流を経て
1870年にはロンドンへと旅立ちます。19世紀半ば以降の、芸術の流れが

なんとなく見てとれるような感じがしますね。


ロンドンで肖像画家としての地位を確立したボルディーニ。

そして「写実主義」の基盤を徐々に築いていきます。

ありのままに当時の様子や人々の服装・装飾品など、その人物の地位を表す

重要な要素を丹念に描き込み、かつ彼の作風「優美さ」を表現したのも

ロンドンの上流階級での成功の一つだったと思います。

 

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1871年からは拠点をパリに移しました。
ベル・エポックとよばれる、当時の華やかなパリでも彼の作品は高い評価を得て、

様々な肖像画を手がけるようになります。
パリではドガ、ロートレック、マネなどとも交流があり、特にドガとは一緒に

旅行へ行ったりして一番親交が厚かったらしいです。

もちろんボルディーニの優美な筆致はパリの社交界でも大人気で
彼に肖像画を描いてもらいたいためにパリ中の上流階級の紳士・淑女の注文が

殺到したとも言われています。

 

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彼は風景画も何点か手がけていますが、やっぱり肖像画が一番素晴らしい!
なにより美しく優雅な当時の上流階級の人々、特に女性が美しく、

彼女たちのドレスの高価な絹の質感まで伝わってきそうです。

そのしなやかな指先の動き、凛とした口元、上品な顔立ち・・・
絵を見るだけで良い香りまで漂ってきそうな感じです。
そしてパリの「ベル・エポック」が、本当に「美しき良き時代」だったと

思わせる作品にうっとり・・・


フェラーラのボルディーニ博物館には彼が実際に使っていた画材が展示されており、

なんと中国製の墨を発見!彼の"黒"はもしかしたら墨なのかもしれないと

思うと、急に身近に感じたりして!?

第一次大戦が勃発し、ベル・エポックが終焉したパリを後にしたボルディーニは

南仏ニースへ移住しました。
そこでも画家活動を続け、終戦後パリへ戻って制作を開始します。
それまでの間に2度結婚しているらしいですが、その辺り、あまり調べていないので

よく分かりません。


そして1931年、パリで永眠。89年の生涯でした。
今は生まれ故郷のフェラーラで、両親と共に埋葬されています。

 

 


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