エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

セガンティーニ:彼が愛したアルプス

「セガンティーニ:ミラノへの帰還」展という大規模な回顧展。

印象派や点描主義とも少し違う、セガンティーニ独自の

ディヴィジオニスムに惹かれ、見に行きました。

 ミラノ王宮博物館(Palazzo Reale)で来年1月18日まで開催中です。

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アルプス高地の風景画に新たな局面を開いたジョヴァンニ・セガンティーニ。

1858年1月15日、ガルダ湖の北にあるアルコで生まれました。

ジョヴァンニを産んだ母マルゲリータは病気がちで、父親は細々とチーズや

ワインを売る行商人。家計は常に緊迫、そんな貧しさの中でセガンティーニは

放置された状態で育っていきます。

もちろん母親の薬代もままならなかったでしょう。

今でもアルコ市の文書保管所には、セガンティーニ家への

薬代等の請求書や督促状が何枚も残っており、それらが

当時の一家の緊迫した様子を伝えています。

そんな中セガンティーニが7歳の時、まだ若かった母親が死亡。

 

その後も貧困と生活上の困難に直面しながらの人生でしたが

1876年、ミラノに出て働きながらブレラ美術学校の夜間に通い始めます。

しかしアカデミーの伝統に反抗し、もっと自分の「個性」を求めた

セガンティーニは2年後にブレラを退学してしまいました。

 

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自画像を見ていると、なるほど、なかなか頑固そうな感じです。

そして意思の強そうな、力強い瞳が印象に残りました。

今回の展覧会で「ミラノへの帰還」というタイトルになっているのは

セガンティーニが17年間もミラノで暮らし、ブレラをやめてしまったけれども

その間の「絵画への目覚め」が後々の画風を作っているという見解も

あると思います。

実はこの規模の「回顧展」がイタリアで開催されるのは初めてで、

以前はなんと1956年スイスでの開催だそうです。

(彼の故郷アルコでも没後100年の1958年に小さな回顧展があったみたいですが)

 

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セガンティーニはミラノの風景も多く残していて、今回その展示もありました。

ナヴィリオ運河(彼の時代はミラノはまだ運河の町でした)など

「水」の描き方がとても素晴らしい。

またミラノ郊外ブリアンツァ地方にも4年間ほど暮らしていましたが、

そこで彼は農民生活の苦労と、そして穏やかな喜びをテーマにした作品を

次々に描きましたが、この辺りからセガンティーニの個性がどんどんと

出てくるような気がします。

このプシアーノ湖の美しい夕暮れを描いた《湖を渡るアヴェ・マリア》は

彼が最も愛したモチーフのひとつです。↓

 

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19世紀半ばに広がった「光と色の理論」や視覚に関する研究が

芸術家たちに新たな絵画方法を見出すキッカケになっていきます。

イタリアでも風景や物を造形する「光」への関心が高まっていました。

光をたくみに捉え、人物との間に空気を循環させ、明るさを増幅させるためには

どうしたらいいのか、アルプスのまぶしい光を画面に表現するために、

どう描けばよいのか・・・

セガンティーニはこうして視覚の法則を適用した技法を細かに用いることへ

情熱を燃やし、常に高い場所を求めてアルプスを登っていきます。

 

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季節と1日の時間によって移ろう色彩の研究にも時間を費やしました。
地面に生える草は動きとリズムを出すために、緑と黄色の濃淡を駆使し、

そして雲に遮られて揺れ動く強い光を再現します。

こうして新しい種類の分割主義的画法である点描法を独自に考案し、

光を探求していくセガンティーニ。

 

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彼のディヴィジオニスム(色彩分割描法)がよく分かる1枚↑

セガンティーニはパレットの上で色を混ぜないで、1点1点

(印象派のそれより細長い点線が特徴)をカンバスの上に乗せて色の効果を

出していきます。

そして遠くから鑑賞すると雪を抱くアルプス、ピンと張りつめた空気が

それを見る者へ伝わるようになっているのです。

 

彼が到達した「アルプスの描き方」にふさわしい分割点描の技法が、

それまで誰も描けなかったアルプスの澄んだ空気感と光を演出し、

唯一無二のものとしました。

 

1899年9月28日、セガンティーニは「私の山を見たい」と言って目を閉じます。

41年の短い生涯でした。

 

参考文献・サイト:『Saper vedere gli stili delle arti』Daniela Tarabra

          Comune di Arco   

                                   Segantini Museum        

 


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