エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

イタリア女性の40年間の歩みとフランカ・ヴィオラ

3月8日は国際女性Dayでした。

イタリアでは男性から女性へ、女性同士でミモザの花を贈り合うという

習慣があり、街中の花屋が一瞬鮮やかな黄色に染まり、春の訪れとともに

少々ワクワクする日でもありますが、同時に現代も減らない女性への

暴力や差別についても一考を要する1日でもあります。

 

f:id:egotisme:20150318012348j:plain

 

その少し前、ミラノのお気に入り書店に立ち寄った際、 小さな店内の天井から

40枚近くのA3サイズのポスターが吊り下がっているので興味をそそられました。

どうもイタリアのフェミニズム運動に関するものらしい、というのは 
女性の写真が大きく写され、60年代、70年代と年号が書かれてあったので、

ピンときたのです。
『ミラノにおける女性解放運動40年間の歴史』というタイトルだと 

店長が教えてくれ、ますます興味が沸いて、天井から吊り下がったポスターを

1枚1枚表裏を見て回りました。

 

f:id:egotisme:20150318012627j:plain

 
1965年から2005年までが記録されており、表には当時のデモ行進などの様子を

写した写真、裏面には当時起こった「(女性に関する)事件」「仕事の状況」

「(女性に関する)法律の改正」「発行された雑誌」 「離婚法や中絶法に

関する記録」が短くまとめられ、ミニ新聞のような感じになっています。

 

心を打たれたのは1968年の写真。 

 

f:id:egotisme:20150318012816j:plain


「母親になるのは、私たち(女)が、その時を選びたい!」と書かれたポスターを

掲げてデモをしている若い女性。 
この時期はイタリアでまだ「中絶」は合法ではありませんでした。

望まない子供を産んだ(産まされた?)女たちも多かったのでしょう。 

天井を見上げて読んでいるのが疲れてきたので、買ってきましたが、
A3サイズで持ちにくく、本のように綴られているワケではないのでなんとも

見にくいのが難点・・・持って帰るのが大変でした!


家に着いて、まず1965年から見ていこうとふと目に留まった美しい少女。

フランカ・ヴィオラと書いてあります。

 

f:id:egotisme:20150318013604j:plain


どっかで聞いたなぁ、この名前・・・と考えていたら、もう10年以上も前ですが

シチリア人の友達が言ってた話だと思い当たりました。 

舞台はシチリア島(マフィア発祥の地)のトラーパニ近くの田舎村。

美しい17歳の少女フランカ・ヴィオラは、1965年12月26日にフィリッポという 

地元のマフィアとその仲間のチンピラ達に誘拐され、その後監禁されました。

ただマフィアの仕業と分かっていた警察は一向に動く気配を見せません。

フランカの両親や回りの人たちの要請によって、ようやく警察が重い腰をあげて

救済に乗り出したのは8日間も経ってからでした。

 
しかしイタリアの中でも、さらに古い慣習で凝り固まってるシチリア、しかも

その田舎では、その後その少女は何の落ち度なくとも「ふしだら女」と罵られ、

村八分になり、それに耐えられないのなら、そのマフィアのフィリッポとやらと 
結婚するしか、彼女が生きていく道はありませんでした。 


実際そうやって「略奪・誘拐されて結婚」した女性はシチリア(特に田舎)には 
多くて、彼女たちは沈黙しているのだ・・・とその友人のシチリア人に聞いて、

ひえ〜、いつの時代!?と驚きました。その時26〜27歳ぐらいだった友人も、

古い考え方の両親と、都会ミラノに出て自由になるという彼女の意思の間で 
揺れ動いていたのを思い出します。

'60年代、まだイタリアには「強姦罪等の犯罪については、被害者との婚姻により

(被害者が)治癒され、それで刑の免除」などという意味不明な信じられない

刑法第544条というのがありました。 
つまり、女は(誘拐・強姦した)男との結婚によって治癒される、だから 
事を起こした男は刑の免除という事!!血管が切れそうなぐらい怒り心頭の

法律ですが・・・

フランカに話を戻すと、そんな法律がまかり通り、多くの女たちが沈黙したまま

結婚させられて、やがては慣れていった時代に、イタリアで初めて

警察に訴え、「彼とは結婚しない、したくない!」と自分の意思表示をし、

裁判にまで持ち込んだプリマ・ドンナなのです。

 
その後、彼女の両親、親戚にいたるまでのマフィアからの執拗な脅迫

放火されたり、銃を突き付けられたり)は想像を絶します。

とうとう両親は「お願いだからフィリッポと結婚して」と懇願したそうです・・・
しかしフランカは「イヤなものはイヤです」とキッパリ。 
裁判では誰も彼女側に立つ人はいなかったとか。 

 

それでもこの裁判は少しずつイタリア中の女性たちに希望と勇気を与えました。

しかし彼女自身は「勇気があるとかないとかではなく、自分の心にあくまでも
正直になっただけ」という台詞を残しています。 

 

そして裁判に勝ったフランカ。

相手のマフィア・フィリッポは懲役13年の刑を受けます。

あの当時、シチリアで誰も出来なかった事を18歳になったばかりのフランカが

成し遂げたのです。

 

ちなみにフランカは裁判に勝った後、14歳の時から想いを寄せていたジュゼッペと

いう地元の男性とめでたく結婚し、今も生まれ故郷で子供と孫と一緒に

暮らしているそうです。

 

このおぞましき刑法第544条が廃止されたのは、なんと1981年8月!! 
今からほんの30年ほど前のことでした・・・

 


人気ブログランキングへ