エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

イザベッラ・デステのモード

4月16日から7月19日までミラノ王宮博物館で開催されている

「レオナルド1452-1519」展にすでに2回も足を運んでしまいました・・・

1回目でふと疑問に思ったことがあったので、2回目はちゃんとガイドをお願いして、

色々な説明を伺いながら目を皿にして鑑賞。

やはり美術史専門のガイドと行くと充実度も満足度もケタ違いで、

思い切りレオナルドの世界観に浸ってきました。

 

何が疑問だったのかといえば・・・これ↓

 

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アトランティコ手稿の「mazzochio/マッツォッキオ」と書かれてありました。

マッツォッキオ?いったい何に使うのでしょう。

(しかし、この道具類のデッサンひとつをとっても、レオナルドは細心の注意をもって

遠近法を駆使し、描いています)

 

これはいわゆる「帽子」というか「頭に被るもの」の一種で、15世紀のイタリアでは

大流行りだったとか(16世紀の絵画にも出てくるから、流行は続いていたのでしょう)

 

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1425年頃に描かれたマゾリーノ・ダ・ピナカーレの絵を参考に見てみると、

なるほど、布(絹がメインだったでしょうね)で包んだマッツォッキオをかぶり、

輪の内側にも裏打ちがあって頭全体を覆うものだったようです。

特にフィレンツェでは寒い時期や雨の時などに大変重宝がられていました。

 

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ボッティチェッリの「若い男」(1470年)という肖像画には、

少し趣きの違うマッツォッキオが描かれていますが、これは「フォッジャ」という

垂れ布を顔を縁取るようにして垂らしています。

そして頭の上には襞をつくって被っているようですね。

 

しかしいつの時代も若者の「モード」は批難されがち・・・

15世紀にも教会の司祭など、こうした若者たちの凝った襞のある帽子を

厳しく叱責しています。

「ごちゃごちゃした、この帽子の虚栄を捨て去れ」

 

こうした丸みのある被り物を見ると、思い出すのがこちらの肖像画↓

 

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言わずと知れたマントヴァ侯妃イザベッラ・デステ、そして巨匠ティツィアーノに

描かせた彼女の16歳ころの肖像画(1534年頃)です。

(有名な話ですが、1534年当時イザベッラはすでに60歳。ティツィアーノが

そのままのイザベッラを描いたところ、彼女は気に入らず、もっと若く描けと命令。

そして仕上がったのが、16歳頃の初々しいイザベッラということですね。まあ

彼女の気持ちも分からないでもないかな、同性としては微妙なところです;苦笑)

 

話が逸れましたが、そのイザベッラの頭を飾る、いかにも豪華で華やかな帽子というか

カツラ・・・人造毛髪とカールした高価な細長い布で作られているようです。

これはカピリアーラと呼ばれる被り物で、このイザベッラが創案者だそうです。

なので、これを用いるのは、当時は彼女自身と、お気に入りの取り巻きの

貴婦人のみに限られていました。

 

イザベッラは定期的にヴェネツィアなどの豪華な織物を購入する一方、

マントヴァにビロード、サテン、ダマスク織を作る工房を設立しました。

また彼女は刺繍の発展にも尽力し、直接の指示のもとに高価な織物が多数

マントヴァで製作されたようです。

こうしてイザベッラは時のファッション・リーダーの役割を果たしました。

 

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ジュリオ・ロマーノが描いたマルゲリータ・ゴンザーガも豪華なカピリアーラを

被っていますが、これはイザベッラ・デステが仕立てたカピリアーラだとか。

マルゲリータとイザベッラの息子フェデリーコの結婚祝いだったようです。

 

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これはバルトロメオ・ヴェネトが描いた貴婦人の肖像画で

16世紀初めころの絵ですが、これも美しく凝ったカピリアーラですね。

 

17世紀になるとイタリアにフランスのモードが一気に入ってきて、

こうした帽子やカツラなどの流行はなくなってしまいました。

モードというのは、移ろいやすいものなのです。

 


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