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エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

マエスタ・荘厳の聖母

イタリア絵画 ジョット 中世 ゴシック トスカーナ

ウフィッツィ美術館の第2室に「Maesta'」(イタリア語で荘厳という意味)と

呼ばれる絵画が3枚あります。マエスタとは玉座につき、聖人や天使に囲まれた

聖母子の絵画のことで、いつの時代にも多くの画家が描き続けてきたテーマ。

この第2室では、シエナ派の巨匠ドゥッチョ、イタリア絵画の創始者として

非常に重要視されている画家チマブーエ、そして西洋絵画の祖とも呼ばれている

ゴシック絵画最大の巨匠ジョットのそれぞれのマエスタを一堂に集め、

13世紀から14世紀初めに起こった西洋絵画の変化を見つめるような展示に

なっているのです。

 

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ドゥッチョはシエナで1255年頃に生まれ、13世紀末から14世紀にかけて

シエナで活躍した画家です。まだまだビザンチン絵画を基盤とした作品が

多いですが、少しずつ人間描写などが現実味を帯びていている感じです。

しかし奥行きの感じられない平面性、聖母の表現が形式的など、やはり

ビザンチン美術の影響がいたるところに見られます。

 

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聖母の後ろに描かれた鮮やかな布地は、当時シエナがこうした織物産業の

拠点、そして流通の要にあったことが分かります。こうした布地の

流れるような表現、非常に「線」を強調したような表現もシエナ派と

呼ばれる絵画の特徴です。

ドゥッチョのマエスタ(1285年頃)はもともとフィレンツェの

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に納められ、その後、同教会内の

ルチェッライ家礼拝堂に移されました。

そのために「ルチェッライの聖母」とも呼ばれています。

 

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チマブーエは1240年頃にフィレンツェで生まれ、そこで活躍した画家です。

本名はチェンニ・ディ・ペーポなんですが、イタリアでは近代以前の芸術家は

本名ではなくあだ名で呼ばれる人が多いですね。

(有名なボッティチェッリなんかも小さな樽という意味のあだ名)

 

このマエスタはもとはサンタ・トリニタ教会に納められていた作品で

「サンタ・トリニタの聖母」とも呼ばれています。

制作年は1280年から’90年の間ぐらいだと考えられていて、ドゥッチョの

マエスタと同じ頃で、聖母はまだまだビザンチン様式の影響が強いですね。

しかし玉座がまるで建築物のように描かれ、写実的に表されています。

不完全ながらも遠近法が少し試されているような画面の構成に変化が

見られると思います。

 

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聖母子の表情にもどこか人間の表情のようなものが感じられますね。

ジョットの師であったチマブーエは、ドゥッチョと同じく、ゴシック期から

ルネサンスの夜明けを知らせるような、そんな橋渡し役の画家のような

気がします。

 

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そしてジョットのマエスタ。1308年に描かれました。

オンニサンティ教会に納められていた作品で「オンニサンティの聖母」

とも呼ばれています。
ドゥッチョやチマブーエよりたった20年ほど後に描かれたものですが、

このジョットを境にして、ビザンチン絵画からイタリア絵画へと

独自の道を歩み始める過程が見受けられます。

 

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聖母の中心で消失点を結ぶ遠近法で描かれていて、そのことが前2作と比べ

より現実的な空間になっています。また、それまでの伝統的図式だった

「聖母の首のかしげ」がなくなり、瞳に強い意思すら感じるように真っ直ぐに

こちらに視線を向けています。

天使たちにも表情が与えられ、それまでは空間に浮いていた天使も

地面に重量感をもって立ったり、ひざまずいたりと動きが表されています。

キアロスクーロによって聖母やキリストの体にボリューム感も表現。

そしてゴシック建築のような玉座が写実的な空間を醸し出しています。

こうして絵画に奥行きを持たせ、写実的な空間を表現したジョット。

 

イタリア・ルネサンスの幕開けは、もうすぐそこまで来ています。

 


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