エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

ミラノの謎;四方山話 

ミラノの大聖堂ドゥオモと、そのドゥオモ広場に面して設計された
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世アーケード、通称「ガッレリア」は

19世紀に興ったリソルジメント(イタリア統一運動)の混乱後に
建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって設計・建設された、ミラノの

シンボル的存在の美しいアーケードです。観光される方も、ここを通らないで

ミラノ観光をすることは、まずないと言っても過言ではないぐらい。

 

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このメンゴーニ氏、フォンタネーリチェというボローニャ近郊の小さな町で

生まれました。その後、名門ボローニャ大学を卒業し、エンジニアになり、
またボローニャ芸術学校へも通っていたという、芸術にも造詣が深い多才な

人物だったようで、ボローニャのCassa di Risparmio(貯蓄銀行)などの

美しい建物も彼が手がけました。

 

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(ジュゼッペ・メンゴーニ)

 

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1859年にミラノでガッレリア建設のための「設計コンクール」を開き、

それに176人の建築家や設計士が応募。その時の優勝者がメンゴーニ氏でした。


そして悲願のイタリア統一後、初代イタリア国王ヴィットーリオ・

エマヌエーレ2世の名前を冠した素晴らしいガッレリアにしようという事で

1865年から工事が始まり、約12年の歳月をかけて1877年に完成しました。

 

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(ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世)

 

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   (建設途中の写真)

 

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    (完成後1880年頃の写真)

 

完成までほぼ順調にきて、当時はこの設計に賛否両論、色々と議論が

あったようですが、なんとか完成にこぎつけました。

見るも美しいガッレリアになり、さて次の日は国王にこのガッレリアを

お披露目するという時になった1877年12月30日。
なんとメンゴーニ氏、最終チェックのためにガッレリア上部を
視察中に50mの高さから落ちて亡くなってしまったのです!!!

 

12年もの歳月を費やし、明日はやっと国王へのお披露目という時に
本当に足をすべらせて落ちてしまったのだろうか・・・
もしかしたら誰かに恨まれて落とされてしまったのでは・・・
いや、もしかしたら自ら落ちたのかもしれない・・・
などなど色んな噂が飛び交ったことは想像に難くないですね。

 

この件に関しては色々な疑問があるようですが、大きくは3つ。

1、その時、誰も彼が落ちたところを見ていなかった
2、ガッレリアのデザインに反対派の批判が当時からかなりあって、
メンゴーニ氏はその批判にかなり精神的に参っていたらしい
3、肝心の 国王の体調がその時期あまり良くなく、お披露目式には
もしかしたら出席できない可能性があり、メンゴーニは「自分の事が
認められていないのだ」と悲観的になっていた

 

こうした理由から、メンゴーニが自殺したのか、他殺なのか、それとも

ただ足をすべらせただけなのか・・・100年以上経った今現在も、

理由はハッキリ分かっておらず、謎につつまれたミラノのガッレリアなのです。

    

そしてガッレリア完成10日後には、なんと国王もローマで亡くなり、
ミラノのガッレリアを国王はおそらく見ていないでしょう・・・

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今もミラノのガッレリア入り口には設計者ジュゼッペ・メンゴーニの
プレートがはめ込まれ、お披露目前日1877年12月30日に
ここで亡くなったと書かれています。なんとも切ないプレートです。

 

去年から、ガッレリア上部に備え付けられている約250メートルの長さの通路が

一般公開され、ミラノのパノラマが楽しめるようになりました。

オープン時間は毎日9時から21時までで、お天気の良い日はオススメです。

www.highlinegalleria.com

 

 


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