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エゴチスムな日々

イタリアの閑暇そしてその悦楽

トレント公会議後の宗教画とカラッチ

イタリア絵画 カラヴァッジョ グイド・レーニ コレッジョ バロック マニエリスム ミラノ・ロンバルディア ローマ カラッチ

カトリック教会は1545年から’63年まで断続的にトレント公会議を

開き、教会の建て直しをはかりました。そして教会における美術作品は

「聖書や由緒正しい聖人伝にもとづくものであるべき」と定め、また

「分かりやすく写実的で、これを見る信徒の心に強く訴えるべき」ことが

求められます。

 

その頃、絵画や彫刻に携わることがいわゆる「芸術」として、

工房で働く職人や手工芸から区別され、増々「芸術家」としての

意識を強めていきます。

そしてイタリアから始まった芸術家団体であるアカデミーが

各地に次々と設立されていきました。

 

そんな中、ボローニャで1560年に生まれ、同じく画家であった

兄や従兄と共に、ラファエロに代表される盛期ルネサンスの伝統の

復興を目指すことをスローガンにして1580年頃

「アカデミア・デリ・インカミナーティ」をボローニャに設立し、

カラヴァッジョと親交のあったアンニバーレ・カラッチ。

 

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    (カラッチ一族;おそらく左がアンニバーレ)

 

カラッチは下の「キリストとサマリアの女」のような
ヴェネツィア派の影響を受けた柔らかな色彩とラファエロなどから学んだ
徹底した構図にもとづく絵を描いていました。

また画面に広がる風景も素晴らしく、光にあふれていて、詩的な画家だった

ジョルジョーネやコレッジョ的な雰囲気も備えた作品です。

 

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そして当時のローマの風景を理想化したような趣きのある「エジプト逃避」
この絵は神話や宗教画の背景のための風景ではなくて、すでに純粋な

風景画としてのジャンルを確立していると思われます。

 

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それだけではないのがカラッチの凄さなのですが、彼はイタリアにおける

「風俗画」の先駆者でもあり、単なる伝統主義者ではなかったのです。

 

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上の「豆を食べる人」は、宗教画などと並んでロンバルディア派の

伝統を受け継いた風俗画です。特筆すべきなのは、当時の現実の

民衆の生活を見つめて、「最後の晩餐」のような宗教的な

意味も一切なく、ただ民衆の「普通の食事」姿が捉えられていると

いうこと。まるで19世紀の自然主義の画家が描いているかのような

錯覚に陥るほどです。

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この「肉屋」の光景を描いたものも、当時は非常に珍しく、また画期的で

北方の画家が描いたような、肉の細かな描写が本物のように見えると

いうのではなくて、肉屋で働いている人たちの日常の一コマが切り取られて

いるという点。カラッチはこうした風俗画すらも、まるで宗教画と

同じように素晴らしいと言いたかったのでしょうか。

 

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そして私がカラッチの絵の中でも一番好きなのが、この「ピエタ」です。

美術史の先生が「完璧な構図とデザイン」である、と。そして
恐らくミケランジェロのヴァチカンにあるピエタ像を何度も模写した結果と

コレッジョから色彩のヒントを得ているかもしれないとも

おっしゃっていました。

 

美しいキリストの上に光が降り注がれ、彼を悼む聖母の表情が痛々しくて

見る者を哀悼へといざないます。足元には愛らしい天使がキリストの

傷を指し示し、まるでこちらの注意を引いているかのようです。

 

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今はナポリのカポディモンテ美術館に展示されている「ピエタ」ですが、

これはもともとは祭壇画なので(ファルネーゼ宮の礼拝堂にあったとか)

当時は祭壇にロウソクが灯され、祈りを捧げる信者たちには、

暗がりの中にほんのり白く美しく浮かび上がるキリストと

聖母の表情が見えたことでしょう。そして信者の心を強く打ったに

違いありません。それこそがまさに「バロック」なのだと思います。

 


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